風には、いくつも名前がある。
雨上がり、草木の間を吹き抜ける風は
光風というらしい。
さっきまでの雨が嘘のように、
桂川の川面が日差しを受けてきらめく。
左手に岩田山。右手の遠くに如意ヶ岳。
渡月橋を渡って、目抜き通りへ進めば、
いくつもの土産物店。
色とりどりの浴衣姿。
何を買うでもなく、
店先をひやかすのも楽しい。

目当てのお寺に向かう途中、
ふらりと小道にそれてみた。
思いもよらず、小さなお地蔵さんを見つけて
なんだか得した気分になる。
茶色のポスト。路地裏のレモン。
目に止まったものすべてが急に輝いて見えて、
なんでもない景色の中に、
ありのままの嵐山が顔をのぞかせる。

静まり返ったお寺の境内。
はっとするほど美しい庭園。
百年、千年、あるいはそれ以上の時をこえて、
今に息づく場所にくると
ちょっとの時間を気にする自分が
ちっぽけに見えてくる。
鷹揚にかまえて、気の向くままに歩く方が、
嵐山には、きっと似合うのだ。

街歩きに疲れたら、
珈琲をテイクアウトして川沿いで夕涼み。
昼間あれほどいた観光客も
日が暮れると、蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。
心なしか、川音が大きく響く。
嵐山の夜は早い。
五時をすぎるとバタバタと店仕舞いがはじまり、
七時にはほとんどの店が閉まる。
見上げれば、いくつもの星。
それだけ夜の闇が深いのだ。

早朝、人影まばらな竹の小径へ。
朝の静かな光のなか、
すらりと伸びる真竹が、目に清々しい。
この光景を独り占めしたくて、
人がいない方へと先を急いだ。
その足で、トロッコ嵐山駅へ。
終点亀岡駅までの片道乗車券を買う。
トンネルを抜けると、眼下に広がるのは、
エメラルドグリーン。
桂川の本流、保津川だ。

車窓にしがみつくようにして、
走り去る景色を眺める。
上流になるにつれて川の流れが急になり、
岩肌も荒々しくなってくる。
運よく、川辺で羽を休める川鵜に遭遇。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
トロッコの音が耳に心地よい。

嵐山を
ありのままに
心ゆくまで